よもやま話とあれやこれ

あべです。どうでもいい話をたくさんするよ。

しうかつ童話「有田とキリギリス」

育った環境がいいと自分の将来に余裕が持てるのか、「人間力の勝負なら負ける気がしない」とか、「なんか仮想通貨が最近すごいらしいから大丈夫」とかいう楽観的人間は、いくつになってもいたりします。

キリギリスという青年もそのうちの一人でありました。

虫みたいな名前をしていますが、彼は大企業の御曹司で、美しく整った顔に浮かべる胡散臭いさわやかな笑顔は周りの人々を魅了してやみませんでした。

親の威光で光り輝き、人生を謳歌するそんな彼の友人の中に、有田という庶民がおりました。

いつもニコニコしているキリギリスとは対照的に、有田はいつも苦虫をかみつぶしたような顔をしており、彼が笑った日には雨が降るとまで言われていました。

子だくさんの家庭の長男に生まれたために、勉強はもちろん、料理に掃除に洗濯、弟や妹の世話、奨学金返済のためのバイト……、とやるべきことが有田にはたくさんありましたが、彼には一人でそのすべてをやり遂げる優秀さがありました。

 

しかし、不機嫌そうな表情にそっけない物言い、何より一人で何事もこなしてしまう能力の高さから、周りの人々は有田を尊敬しつつも、どこか近づきがたい雰囲気を感じていたのです。

だから、有田の仲のいい友人と呼べる友人はキリギリスくらいのものだったのでした。

 

さて、ある夏の日、いつものようにキリギリスが揚々と自作の歌を歌っていると、そこに一人の青年が歩いてきました。

「やあ、有田。そんなに汗をびっしょりかいて、何をしてるんだい?」

「これはキリギリスさん、わたしは職を探して駈けずりまわっているんですよ」

有田は眉間にしわを寄せ、苦虫をかみつぶしたような顔に笑顔を浮かべるという何とも形容しがたい顔でキリギリスに言いました。

「ふーん。だけど、まだ大学の3年生じゃないか。どうして、この時期からそんな頑張るんだい。

僕みたいに、お小遣いに困ればそのへんでお手伝いでもして、あとは楽しく歌を歌ったり、みんなと遊んだりしていればいいじゃないか」

「俺はお前と違って、大学出たら行くとこが決まってるわけじゃないんだよ。まだ3年だからとか言っても、今のご時世何があるかわからないからな。

今のうちにやることやっとかないと、お前もあとで困るかもしれないぞ」

有田がそう言うと、キリギリスは少し首を傾けてからにこりと笑って

「まだ3年生は始まったばかりだよ。就活のことはその時になったら考えればいいだろう?」

そう答えると、苦虫を10匹ほどかみつぶしたような顔になった有田を残して、また歌を歌いながら去っていきました。

 

それからも毎日キリギリスは陽気に歌って遊び、有田はせっせと就活にはげみました。

やがて3年生も終わり、彼らは大学の4年生になりました。

キリギリスは、ますます陽気に歌を歌っています。

 

そして、寒い寒い就職氷河期がやって来ました。

多くの企業が打撃を受け、それはキリギリスの父親の会社も例外ではありませんでした。人を雇う余裕がなくなった彼の父は、息子を「武者修行」という名目で社会の荒波に放り出しました。

 

当然、今までのうのうと暮らしてきたキリギリスが職を得るのは並大抵のことではありません。

「ああ、お腹が空いたな。困ったな。どこかに僕を雇ってくれるところはないかなあ。

…あっ、そうだ。有田は最近一人で会社を興したとか言っていたな。なぜかすぐにやめてしまう人も多いと聞いたけど…、あの有田ならどうにかしてくれるかもしれない。よし、有田のところに行ってみよう」

キリギリスは急いで有田の家にやって来ましたが、有田は家の中から、

「だから、時間に余裕があるうちに企業の情報を集めておけといっただろう。

会社は始めたばっかりで、正直まだまだ軌道に乗ったとは言えない。人を雇う余裕なんてないんだ。悪いけど、自業自得ってやつじゃないか」

と言って、扉を開けてくれませんでした。

 

キリギリスは雪の降る公園の真ん中で、冬と社会の寒さに震えながらしょんぼりしてしまいました。

そしてふと閃いたのです。有田の会社には何が足りないのかを。

キリギリスは再び有田の家へ向かって走り出しました。

 

「有田、有田!! この僕を君の会社に雇ってくれないだろうか。

僕は君と違って何も知らない、わからない。

だけど、人を喜ばせること、楽しませることなら誰よりもわかっているつもりだよ。どうか僕を助けてくれないだろうか。僕も君を助けたいんだ」

「人を喜ばせて、楽しませるだけで何ができるんだ。そもそも、今は人を雇う余裕がないと言っているだろう。まだまだ俺は頑張らないといけない。悪いが、邪魔をしに来たなら帰ってくれないか」

返ってきたのは、ため息交じりの声でした。

けれど、キリギリスは負けません。

「聞いて、有田。お前は昔から人一倍の努力家で僕と違って結果をちゃんと出している。本当に尊敬しているし、お前の忠告に耳を貸さなかった自分を恥ずかしく思うよ。

だけど、あんまりに一人で頑張っていると周りはさびしく思うんじゃないかな。もっと、有田の周りの人を頼ってあげれば、きっとみんなは喜ぶと思う…」

「なッ…!」

びっくりした顔で有田は立ちつくしました。彼に言われたことは図星でした。周りを顧みずにがむしゃらに働く社長についていける自信がないという言葉を残して、今朝方も一人の社員が彼のもとを去ったのでした。

「ねえ、有田。お願いだよ。僕もこれからは心を入れ替えるから、どうか君と一緒に頑張らせてくれないだろうか。

僕なら君と、君の会社のみんなとの橋渡しができると思うんだ」

 

こんなキリギリスの真剣な声を4年以上にわたる付き合いの中で有田は始めて聞きました。一瞬黙って唇を引き結んだあとにふっと頬を緩ませると、有田は扉をあけてキリギリスを中へ迎え入れました。

「そうだな、お前の言うとおり俺は一人で頑張りすぎていたのかもしれない。お前のそんな真剣な声は初めて聞いたよ、キリギリス。今の心を入れ替えるってセリフを忘れるなよ、いつもみたいに寝坊したり、仕事中にギターを弾きだしたりしたら即刻クビだからな?」

「もちろんさ、ただ、仕事中の鼻歌くらいは許しておくれよ?」

 

二人は顔を見合わせて笑いました。

 

さて、それから有田の会社はめきめきと業績を上げ始めました。努力を怠らず、頭も切れる有田の手腕と、周りを喜ばせようといつでもニコニコ楽しそうにしているキリギリスが、社員に素晴らしくいい影響を与えたのです。

いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしていた有田にも笑顔が見え始め、キリギリスもすっかり働くことが楽しくなって、二人はそれからも仲良く楽しく働きましたとさ。

 

おしまい。