遅刻の理由は人の数だけあると思うけど、遅刻の理由として「赤ちゃんがかわいかったから」としか言えない状況になったことがある。
遡れば高校三年生の夏。
模試があったその日も、ギリギリまで布団に粘り続けた私は、これに乗りそびれたらもう後がない電車に乗りこんだ。といっても、普通に電車に乗って、会場の最寄り駅から歩けば開始10分前くらいには着く“はず”だった。
会場の最寄り駅でドアが開いた瞬間、ことは起こった。
ただただ「めっちゃくちゃかわいい」としか言えないような赤ちゃんを抱いた夫婦が電車に乗ってきたのだ。
もう赤ちゃんの顔の記憶も定かではないけど、「かわいい…」と思った「気持ち」の記憶だけは未だ残り続けているので本当にめっちゃくちゃ可愛かったんだと思う。
吸い込まれるように赤ちゃんを見つめて、見つめて、見つめ続けてしまい、気がつくとドアは閉まっていた。
そして電車が走り出した。
もはや誰も歩いていない会場への道を一人走る最中、受験知識でぱんぱんの頭で遅刻の言い訳を考えてみたけれど、どう考えても「赤ちゃんがかわいかったから」しか浮かばなかった。
赤ちゃんに罪はない。赤ちゃんはかわいいものだ。かわいい赤ちゃんに魅入られた私が100%悪いのだ。
しかし、遅刻の理由としては「赤ちゃんがかわいかったから」としか言いようがない…。
会場まで全力疾走を続けた結果として、凄まじい形相で途中入室をすることになったためか、体調を気遣われることはあっても、遅刻の理由は聞かれないままだった。
「赤ちゃんがかわいかったから遅刻しました」という遅刻の言い訳は、結局日の目を見ることは叶わず、しょーもない過ちの記憶として頭の片隅に置かれることになった。
…ということを今日ふと思い出したのは、生まれて半年ばかりの赤ちゃんを連れて職場の方が挨拶にやってきたからである。
ふにゃふにゃと笑いかけてくる赤ちゃんは、あの時の赤ちゃんと同じようにめちゃくちゃ可愛くて、気がつくと入れたばかりだったはずのお茶は冷めてぬるくなっていた。