よもやま話とあれやこれ

どうでもいい話がたくさんできたらいいなぁ〜、と思っています!

読書感情文『マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年』

特大感情の連続殴打!これがクソでかビッグラブ!!と震えた「宝石商リチャード氏の謎鑑定」シリーズのドブ沼にハマって狂い続けた昨年、同じ作者の別作品にも手を出してみようか、と辻村七子作『マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年』に手を出しました。
こちらは本作品プラス番外編一作が出ていて、さらに続きが読みたい気持ちもあるけど、作品としてはこれで完成されてしまったな〜と言う思いも強く、しばらくは余韻を噛み締めようと思っています。今回はそんな感じの読書感情文です。

さて、あらすじ。
アンドロイドと人間が暮らす近未来都市「キヴィタス」。アンドロイド管理局に勤める若きエリート、エルガー・オルトンは、帰り道で登録情報のない“野良アンドロイド”の少年を拾う。二人は不思議な共同生活を始めるが、アンドロイド、ワンは記憶を失っていた。彼の過去を探るうち、エルは都市の闇に触れてしまい…?というもの。

舞台となる人口都市キヴィタスは、全高一万五千メートルの会場に浮かぶ全五十六階層から成る巨大な海の塔で、裕福なものは上、貧困層は下で暮らすディストピアあるあるな階層制が出来上がっています。その貧富の差に加えて、人間とアンドロイドの明確な差が存在する世界です。体の9割サイボーグ人間とか自意識バックアップとかいう概念が出てくると、人間とアンドロイドの違いは何なのだろう…と考えてしまいますが、そんなことを考えていると裏表紙にもある「せめて血の色くらいは赤がよかったな」のセリフが痛烈に刺さります。血の色が赤いことが人間である証拠だとわかると同時に、強くて何でもできる生き物がずっと抱いていた寂しさや憧れといった感情がはちゃめちゃに「人間」を感じさせてくれる名台詞。

宝石商シリーズしかり、辻村作品の魅力は登場キャラクターの魅力だと思っているのですが、今回もコミュニケーション不器用の天才博士、エルと皮肉屋で闊達なアンドロイド、ワンの掛け合いが楽しい、これまた素敵な二人組でした。それに加えて起承転結メリハリたっぷりの大冒険…。面白かったです。作品単体なら辻村作品で一番かもしれない。
設定が複雑なSFを進んで読むわけではないため、例示できる作品も少ないのですが、『華氏451度』や『No.6』とは異なり、「腐ったこの世界を君とぶっ壊そう!」ではなく、「この世界で君と生きていこう」というテイストのディストピアSF作品は珍しい気がして、そこが辻村風味なのかなぁと思ったりもしました。買いためて手をつけていない本格SFにもそのうち手をつけられたらいいなぁ…。そのうち。
 


ちなみに番外編は、キヴィタスで生きる人間の営みにフォーカスした短編集で、どちらかといえばアンドロイド寄り視点だった本編とはまた違った時点でキヴィタスの世界を眺めることができます。エルとワンもちょろっと出てきます。

老化の研究が進み、寿命は伸び、記憶のバックアップがとられるため、死の喪失感は低下。生殖は相手と自分のDNAをシステムに提供することで完了するため、お腹を痛めて産む必要はなく、また、優秀な血を持つ「親」はDNAの提供者として引くて数多であるため、何人もの顔も知らぬ「子」が存在します。また、自身の死も成人になれば自分自身の裁量で決定することができる、行き届いているけれども人との繋がりが希薄な世界。そんな世界を舞台としながらも、全編通して人と隣人(アンドロイド)たちのさまざまな愛を描いているあたりが最高なんですね。

中でも、自裁を望む老政治家のもとに孫が突然連れてきたポンコツ女性アンドロイドのお話『ジナイーダ』はよかった。どれだけ便利な世の中にあっても人は誰かとの繋がりを望まずにはいられないのだ、と1話目からぶん殴ってくる作品です。なお、このお話、ずっと舞台は家の中だけで話が完結するのにお話の風呂敷は全然小さくないのがすごい。

自裁しようとしていたまさにその時、誤作動でポンコツアンドロイドが暴れ出したため、やむを得ず死を断念した老政治家は、成り行きで仕方なくポンコツアンドロイドに物事や自身のことを話すうちに、少しづつ過去と向き合うことになります。自分の中に閉じ込めていた思い出や感情が解けて、暴れて、そして静かに受け止めるという過程を経て、作品の最後に孫に告げる言葉がこれ。

「お前は、自分の感情を伝えるのがとても上手だね。それは才能だ。私やお母さんにはなかったものかもしれない。大事にするといい。きっとそれがお前を助けてくれるだろうし、お前の周りにいる人たちも助けてくれるかもしれない」

辻村七子『あいのかたち マグナ・キヴィタス』集英社オレンジ文庫,2021年,72頁

当初は孫に対しては当たり障りのない祖父であれればいいとか考えた人から出てくる言葉なんですよ。しかも、感情を表に出したり、相手の内面に踏み込むことが暗黙のうちにタブーになっている世界で。最大級の愛情と賛辞が詰まったこの言葉は、孫がキヴィタスの世界で生きていく中で、胸の中にずっと生き続けるものなんだろうなと思わずにはいられないものでした。大人をやってると否が応でも出くわす察し文化にうぐう…となることが少なくない身としては、勝手に救われたような気持ちになったものです。全人類、大切なことは口にしていこう。

 

つらつらとまとまらない感想文となりましたが、冒険譚が好きな人、特大感情のフルスイングを受けて見たい方は是非ご一読していただくと良いかと思います。それでは!